開催報告:第4回マダム・バタフライ国際コンクール in 長崎

 『マダム・バタフライ』ゆかりの地長崎で、「マダム・バタフライ国際コンクールin長崎」が始まったのは、2004年の秋。ミラノスカラ座での同オペラ初演からちょうど100年目であった。開催の目的は、次代を担うオペラ界の才能豊かな新人歌手の発掘と、この国際コンクールによる国際親善を通じ、国際観光都市“長崎”を創造することである。第4回コンクールは、3月に起きた東日本大震災の影響で開催が危ぶまれたが、7つの国と地域から100人の参加を得て、2011年10月に無事開催された。

 

 長崎を舞台とした『マダム・バタフライ』は、1890年代初頭に長崎の外国人居留地であった東山手に住んでいた、サラ・ジェニー・コレル(鎮西学院の校長夫人)の話に想を得たといわれる。オペラの中では、東山手、大村など長崎に因んだ地名が日本のメロディーとともに出てくる。長崎市南山手に位置するグラバー園は、明治まで残っていた外国人居留地の国際文化資源を保存活用するため、洋館群をひとつの丘の上に移築整備した観光施設。現在ここには、旧オルト邸前で世界的なオペラ歌手であった三浦環がコレル夫人と撮影した写真が保存され、三浦環像・プッチーニ像もある。また、2004年には、グラバー園開園30周年記念事業として、祖母が長崎出身のオペラ歌手「喜波貞子」の遺品60点の展示が行われるなど、オペラ『マダム・バタフライ』ゆかりの地として文化発信を行っている。

 

 こうした流れの中で始まったこのコンクール。実施形態は、世界各国より応募を受付け、第1次予選は録音審査、第2次予選はピアノ伴奏による審査、本選は記念オーケストラの伴奏によって行われる。第2次予選以降は一般に公開され、入賞者による記念コンサートが後日グラバー園の野外特設ステージで開催されている。

 

 2004年に開催された第1回コンクールは、審査委員長に指揮者の佐藤巧太郎(故人)、副審査委員長に伊藤京子、その他各国から郭淑珍(中国)、林康子(日本)、勝部太(日本)、ジャンニコラ・ピリウッチ(イタリア)、沈松鶴(韓国)と多彩な審査員が顔をそろえた。4か国から142名の応募があり、第1位:乗松恵美(日本/ソプラノ)、第2位:チョウ・ジンホアン(中国/テノール)、第3位:テイ・テンチン(中国/ソプラノ)が栄冠に輝いた。

 

 2006年に開催された第2回コンクールでは、8か国から127名の応募があり、第1位:クゥア・ルーワ(中国/ソプラノ)、第2位:ファン・ビョンナム(韓国/テノール)、第3位:チョン・ソンミ(韓国/ソプラノ)。中国、韓国からの参加者が入賞を独占した。

 

 2008年に開催された第3回コンクールから、審査委員長に畑中良輔を迎え、新たに片岡啓子(日本)、ダリオ・ポニッスイ(イタリア)、マルチェッラ・レアーレ(アメリカ)、王憲林(中国)が審査員に加わった。12の国と地域から過去最高の155名の参加があり、第1位:キム・ジョンキュ(韓国/テノール)、第2位:岡田尚之(日本/テノール)、第3位:ワン・カイ(中国/テノール)と、入賞者すべてがテノールとなった。コンクール後の入賞者コンサートでは、新アジアの3大テノール誕生と、聴衆から大きな拍手が湧きあがった。その反面、マダム・バタフライコンクールなのに、ピンカートンばっかりで、蝶々さんも欲しいですねとの審査員の声もあった。

 

 そして迎えた、第4回目のコンクール。心配されていた応募者も100人に達し、録音審査による第1次予選を通過した46名が、2011年10月20日の2次予選に出場。入選した8名が10月22日の本選に出場。第4回目のコンクールから、従来のソプラノ、テノール部門に、新たにバリトン部門も加わり、第1位:リュウ・ユ(中国/テノール)、第2位:マー・ファンファン(中国/ソプラノ)、第3位:ソン・グッケ(韓国/バリトン)が入賞した。

 

 また、このコンクールを実施している「『マダム・バタフライ』を活用した国際観光都市長崎プロモーション事業実行委員会」では、コンクール以外にも様々な取り組みを行っている。中でも、入賞者による記念コンサートはその実施形態の多様性と質の高さで聴衆の人気を集めている。主なものを紹介すると、東京や長崎での公演のほか、2005年11月には、広島県宮島(厳島神社)での公演、2010年11月には、中国北京にある中央音楽院音楽庁での海外公演、2011年10月には長崎港に浮かぶ帆船、観光丸でもコンサートが開かれた。

 

 現代、世界各地様々な演出によるオペラ公演の多様化が進む中、このコンクールが一定の才能を発掘した時点で、「長崎に行けばオーソドックスなバタフライの公演が観られる」。そのような音楽環境をつくり上げていくこと、そのことこそが、国際観光都市“長崎”の創造につながっていくだろう。開催経費の問題等、課題はいくつかあるが、長崎ならではのコンクール、継続されることを望みたい。

 

2012年4月

実行委員会事務局 堀内伊吹

 

*本記事は『日本のオペラ年鑑2011』(東成学園/昭和音楽大学オペラ研究所, 2011年)に寄稿した内容を再構成しました。